【開催報告・名駅】朝食読書会『良心をもたない人たち』(マーサ・スタウト)|名古屋で朝活!!朝活@NGO
- 作者: マーサスタウト,Martha Staut,木村博江
- 出版社/メーカー: 草思社
- 発売日: 2012/10/04
- メディア: 文庫
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今月の名駅は『良心をもたない人たち』(マーサ・スタウト)が課題でした。「サイコパス」という言葉で統一されていますが、「銃を乱射する」などの特殊な例ではなく、もう少し「日常の近くにいる」事例が紹介されています。思い当たる人もいるかも。
管理人の読書メモ
精神医学の専門家の多くは、良心がほとんど、ないしまったくない状態を、「反社会性人格障害」と呼んでいる。この矯正不可能な人格異常の存在は、現在アメリカでは人口の約四パーセントと考えられている──つまり二五人に一人の割合だ。
アメリカ精神医学会の定義は、実際のサイコパシーやソシオパシーではなく、たんなる〝犯罪性〟を説明するものだと考え、精神病質者全体に共通するものとして、べつの特徴をつけ加えた研究者や臨床家もいる。そのなかで最もよく目につく特徴の一つが、口の達者さと表面的な魅力である。
良心をもたない人は、自分自身と、自分の生活に満足していることが多い。効果的な〝治療法〟がないのも、まさにそのためかもしれない。
暴力行為は派手で、起きた場合はあたえるショックが大きいが、残虐な殺人は良心の欠如が生む典型的な行為ではない。それよりも、肝心なのはゲームだ。世界を支配することから、昼食代を払わないことまで、勝つことがすべてなのだ。ゲームの仕方はつねにおなじ──支配し、人をあっと言わせ、勝つ。
サイコパスには自意識も欠けている。ほかの人ときずなを結べないばかりか、自分自身との関係も非常に希薄なのだ。
かなりの割合を占める人が、しかるべき権威からの命令だと了解したとき、その行為の内容にかかわりなく、また良心の制約もなしに、命じられたとおりのことをおこなう」(ミルグラム)
ピーター・ワトソンは、著作『心の戦い/軍部による心理学の利用と濫用』の中で、「敵国の習慣を愚かしくあざ笑うべきものとして」、「敵国の重要人物たちを邪悪な神として」教えこむと書いている。 戦場の内でも外でも、前線にいる兵士にも祖国に残っている人びとにも、自分たちの戦争は善と悪との避けがたい戦いであり、聖戦でさえあると伝えること。歴史の中で、権威者たちが大きな戦争のたびごとに実行してきたのは、まさにそれだった。
つねに悪事を働いたりひどく不適切な行動をする相手が、くり返しあなたの同情を買おうとしたら、警戒を要する。
興味深いことに、東アジアの国々、とくに日本と中国では、かなりサイコパシーの割合が低い。台湾の地方と都市の両方でおこなわれた調査では、反社会性人格障害の割合が○・〇三から○・一四パーセント。西欧世界における平均約四パーセントとくらべて、きわめて低い数字である。
研究者二人は自伝や聞き語りを参考にし、二三人のほか、彼らと一緒に仕事をした人たちにも綿密な面接調査をおこなった。その結果を記した著作『心ある人たち/道徳的活動に生きる人びと』の中で、二人は良心が大きな人たちについて三つの驚くべき共通性を報告している。その三つの特徴とは、「確実性」「積極性」「自己と道徳的目標との一致」である
感想など
どこまでが正常で、どこからが「良心をもたない」症状なのか。「サイコパス」の定義として、次のようなチェックがあります。
一、社会的規範に順応できない
二、人をだます、操作する
三、衝動的である、計画性がない
四、カッとしやすい、攻撃的である
五、自分や他人の身の安全をまったく考えない
六、一貫した無責任さ
七、ほかの人を傷つけたり虐待したり、ものを盗んだりしたあとで、良心の呵責を感じない
良心を持たないことで、急に傷害・殺人事件に結びつくわけでもなく、反社会性人格障害の人にとっては「だますこと」も「盗むこと」も「同情をかう」ことも、すべてがゲーム感覚。ざっくりと言うと、他人の感情は考えずに「ゲームに勝つ」快感を常に求めているのが特徴、といったところでしょうか。勝つための手段もゴールもさまざまですが、「良心をもたない人」に巻き込まれるとかなり面倒なことになります。
事例も詳細に紹介されていて、まるで映画かドラマのようで引き込まれてしまいます。「事業で成功したい」「楽をして生きたい」「魅力的でありたい」などの願望を実現するために、彼らは「良心のとがめることなく」だましたり、泣いて同情をかったり、異性を誘惑したり、様々な症状があらわれます。
そもそも「良心とは何か」、また「良心をもって利他的にふるまうことは幸せにつながるのか」など、色々と思いを巡らす読書会になりました。